イチエの頭の中。

はちのへで気ままなUターン暮らしを満喫中。みんな帰っておいでよ。

暮らす場所を変えるということ。

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いろんなところに行きたい。
いろんなところに住んでみたい。
と、子供のころからずっと思っていました。
 
きっかけは、中学で英語を学び始めたことかもしれません。
「この言葉を覚えたら、世界中の人と話せるようになるんだ!!」と思った。
世界がキラキラして見えました。
 
当時、わたしの世界は青森県八戸市の海沿いの小さな町の中にしかなかったから。
いろんな世界を知りたかったわたしは、八戸を出ることになんの抵抗もなかった。
 
それは、純粋に自分が「行きたい」と思っていたから。
「こんな田舎出たい」というマイナスなものではなくて。
違う世界に行ってみたいという、至極前向きな。
 
それから、盛岡、山形、仙台、名古屋、岐阜に住みました。
海外にもたくさん行きました。世界一周期間もいれたら、40か国は超えます。
 それぞれの場所で、いい出会いがあり、わたしの人生の財産となっています。
 
よって、暮らす場所を変えるというのは、わたしにとってはその場所がいつでも戻ってこれる場所になったということなのかなと、思っています。
 
 
岐阜で働き始めてから、6月で丸3年が経ちました。

この間に離婚もしたし、いつ岐阜を離れても良かったのかもしれません。ですが、東海暮らしををつらい思い出で締めくくるのはイヤでした。仕事はしんどかったけどおもしろかったし、仲間も面白いひとばかりだった。だからもうちょっと、もうちょっと、がんばろうって思って過ごしてきた3年でした。


そろそろ暮らす場所を変えようと思います。
 
8月をもって今の職場を退職し、東海暮らしを終えることに決めました。
最終出社日は8月8日。書いてみたら、なんか末広がりでいい感じですね。
 
東海での暮らしは、2回目。
仕事もプライベートも、人生最大級に波乱万丈の3年間でした。
 
仕事では、目的意識を持ってエネルギッシュに働く上司や同僚に囲まれ、またたくさんの若者の人生と向き合う中で、自分が本当にやりたいことは何なのか、考えてきました。 
 
また、離婚したことで自分の人生に軸足をちゃんと置けるようになり、わたし個人としての人生を見直すことができました。
 
やっぱりお宿やりたいなーと思います。
やるんだったらやっぱり青森がよいなーと思っています。
何年先になるかわかりませんが、海の見える場所に、縁側のあるこじんまりしたお宿を開きたいです。
 
「イチエがいるなら東北行こう!」って思ってもらえたら、こんなに嬉しいことはありません。遊びに来てください。 
  
岐阜での3年間は、笑ったり泣いたり酔っ払ったり、めまぐるしく過ぎていきました。
ここで紡げたご縁は一生の財産です。本当にありがとうございました。
 
退職後は、年内は国内海外をうろうろとするつもりでいます。人生の休暇です。
次の仕事が決まっているわけではありません。34歳、大丈夫かな・・・笑
 
でもまー、なんとかなるかな。←小心者の楽観主義。 
 
ここでの暮らしも、懐かしく思う日が来るのでしょう。
日本中に会いたい人がいる。わたしは幸せ者です。
 
東海での時間は残り少なくなりましたが、引き続きよろしくお願いいたします。
 
 
イチエ。